買い付けの前に その2

今日は老舗料亭にて行われた、美濃古陶磁研究会に参加しました。

今回は特にたくさんの参加者と、とびきりのお品が沢山ならんだようです。

触るのも怖気付いてしまう、名品がズラリ。。わたし、余りに凄いものは触れませんでした…

和やかな会ではありましたが、そんな名品を前にリラックスとはいかずでした。主人は楽しかったようです。アレコレ見てました。そして大変勉強になりました。美濃古陶磁研究会に、ヨーロッパのものしか持ち込みませんでしたが…自分の美しいと思うものには堂々と、いつでも正直にいたいですね。

少し遅れて店を開店し、直後から何故か今日は休む暇なくお客様が!(久しぶりに)い、忙しい…!

そしてchikuni展のご案内も完成ー!パチパチ👏

最近は、こんな紙モノの役割もどれほどなのかと思うのですが、画面越しだけでない手触りを残したいのです。

綺麗な写真、美しいデザインは今やフォーマット化してしまったように感じています。作家の作品を、唯一無二の存在に見せるには、本田(醸造会館)の空気を伝えること。写真は必ず、モノ単体を写さず、空間に存在にするように構成しています。そうすると、見る人によっては本田と書かれていなくても、本田の展示ということも伝えられるからです。

背景に複雑な色の漆喰壁があるだけでいい、磨りガラス越しの北の光があればいい。それでもう、分かるのです。

相変わらず一眼レフも使わずの、少しボンヤリとした写り。でもこのレンズが好きなんです。なんだかんだ、10年以上ここのユーザー。

完璧は性に合わなくて、抜けてたり、隙がある方が惹かれるんです。どんなことも。

台風での事をInstagramに書いたのもあって、大丈夫だった?と声を掛けていただいたり、金曜から買付だからと、常連さまたちが気をつけて行ってきてね、とわざわざ顔を出してくださったり。優しい。本当にみなさん優しい。頑張って、楽しいものを見つけてきますね!

今回は、リクエストがたくさんあるのです。

とことんわがままに、自分たちの好きなものをじっくり探すのも大切だけど、ちゃんと使えることだったり、あの方が好きだからと考えたりすることも、私たちには同じくらい大切な仕事。

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買い付けの前に その2

買い付けの前に

今朝早くから瓦職人さんに来ていただき、めくれた瓦や屋根全体を見て頂きました。

ご近所の瓦屋さん、台風後は断っても断りきれないほどの件数で、本当に忙しい中来ていただいて、もうもう感謝しかないです。特殊な建物なので、素人が登れる屋根ではなく、老朽化もあるのでとても危険です。早めに手を打たないと二次災害の恐れも。

素早い対応で、応急処置して頂きました。本当にありがとうございます。ひとまずは安心してフランスへ行けそうです。

赤茶の瓦屋根。たくさんの木枠の窓、四角いタイルの壁、醸造会館のシンボルです。

組合さんが、きちんと手入れされてきて今も使っているからこそ、ここは存在しています。そして、醸造会館が残されていくには、本田がここで店を続けることなのです。

特に地域性もなく、生産もしていないこの仕事で、何か役に立つことは…と考えるとあまり無いのですが。。この醸造会館を守ることが恩返しかなぁ。

買い付けの前に

生きるということ

“灯読”へのご応募、ありがとうございました。応募は締め切りとなりました。

先着ではないため、抽選とさせていただいております。お返事順次しておりますので、今しばらくお待ちください。

寄せていただいた詩は、全てharuka nakamura氏と読ませて頂きました。

お互いに詩と向き合う。音と朗読が形になるまで…

灯読の内容は、主にharukaくんの提案でした。ソロでの活動もほぼされていない彼が、本田で、chikuniと共演するなら、と考えてくれたことです。

少人数制で、来場者が詩を持ち寄るなどという、なかなかハードルの高い企画になったため、応募開始から殺到するという事態ではなかったのですが、時間ぴったりに送ってくれた方々もいましたし、少し間を置いてからも、素晴らしい言葉を選んで送ってくれた方がたくさんいました。

私たちはその巡り合わせに感動しながら、詩たちをharukaくんに託しました。

灯読のその日まで、お待ちください。

先日の大型台風が過ぎて間も無くの地震。あちこちで日常を送ることが出来ないでいる。被災地の写真を見ると胸がとても痛む。

電気があるのが普通の生活、蛇口をひねれば水もお湯も出てくるし、24時間何でも手に入る。平成はそれが当たり前になったけど、我々は当たり前に気を大きくし過ぎていたのかもしれない。その当たり前を作ったのは人間で、今も日常を取り戻そうと多くの人が不眠不休の作業をされている。

もちろん災害が起こらないのが1番だし、二度と起こってほしくない。だけども私たちは自然に生かされている事を忘れてはいけない。災害の度に、人々にそれを思わせているように思う。自然からの悲鳴を、私たちは受け止め、痛みを分けて、また歩いてゆくのだろう。

生きるということ