新年

快晴の朝でした

新年あけましておめでとうございます。

有明浜で2016年最後の夕陽を見ました。浮かぶ下弦の月が、ただ美しくて、瀬戸内の海は変わらず穏やかでした。それだけで、良かったと思えます。

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今年は、去年ずっと考えていた、”繋がらない生活”を少し試みてみようかなと思っています。

インターネットは世界を変え、SNSは個と個の強い繋がりをもたらしました。インターネットと生活を切り離すのはまだまだ難しいですが、SNS(私の場合はInstagram)とは少し距離を置いて過ごしたいなぁと考えていました。もともと私は一日中PCの前で仕事をしていた人間です。SNSがまだ一部のデジタルな人間だけの世界の頃、それなりの情報リテラシーも存在していましたが、今は違うように思います。多くの人が、生活の一部となり、もう一つの社会となったでしょう。私もそうです。しかし、無くてはならないとは思っていません。

手軽さは増し、加速する。いつかの終焉は訪れるだろうけど、本当にこれは自分のやりたい事なんだろうかと思うようにもなりました。便利さと引き換えに、私が失くしているものがあるような気がして…

しかしながら、私は店を営む人間として、発信する立場となりました。少なからずとも、それを見てくれている人がいるのです。展示会を行う時は、短い会期の間で来ていただく事も大きな目標です。私の発信が集客につながる事も少なくありません。重要性も十分理解はしていますが、どうも上手くいかなくなってしまいました。

強い個の思想を受け止められない部分と、反面に義務化している流れの部分。なかなか受け止めるのに力が要るのです。

ネットと触れるようになり、世界の何処の誰が作ったか分からないサイトを発見するのが好きで、探しに行くという行為を楽しんでいました。情報量が増え収集仕切れない中、ひとつのフィードで集約されたものを閲覧する場所が増えました。探す事も少なくなり、そのうちにコミュニティに属して、自分が、あるいは自分に興味があるものしか見ないような世界が出来上がっていました。

広がったように思えた世界が、また自らを閉ざして行くように感じたのです。
離れたいと思ったのは、決して後ろ向きな想いではなく、とても前向きな事です。自分の力で探す喜びのようなもの、まだ何処かにあると信じています。それは古いものを探す時や、現代作家の作品に触れる時も似たような気持ちです。
これからはもう少し、肩の力を抜いてできたらいいなぁと。。

年明け早々こんな内容ですが、店も私も変わらず元気です。このブログをもっともっと頑張りますので、時々のぞいてもらえたら嬉しいです。

新年は7日から、四国仕入れもバッチリしていきますのでどうぞよろしくお願いいたします。

それでは今年もよろしくお願いいたします。

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新年